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2016年に発売された音楽で良かったものベスト10

2015年12月の音楽振り返り記事で、「今年は実質的な音楽配信サブスクリプションサービス元年だったなあ」と書いていて、1人で盛り上がっていたけれど、日本ではそんなにドカーッと風景が変わるようなことが無かったような気がする。ゆっくりゆっくり、見た目は静か~に浸透していっているような。

ともあれ、自分はApple Musicをずうっと続けていて、お蔭でずいぶんと聴く音楽の種類と、幅と、奥行きが増えた。増えすぎて、どんなにお気に入りだったアーティストでも、とにかく忘れちゃう。なのでどうしても忘れたくないものは、CDの形で買っておいて机に置いておいたり。音楽との付き合い方がガラッと変わっていった一年でした。

あと2016年で象徴的だったことは、「音楽配信だけで、CD発売は無し」というケースも少しずつ出てきたということ。来年は、この流れが一層と増えてくるだろうな。さてさて、今年に発売されたもので良かったものを書きます。配信経由だったり、YouTube経由からだったり、流入元はいろいろあれど、音楽は変わらないさ。しばしお付き合いください。

■1 寺尾紗穂 / わたしの好きなわらべうた 

わたしの好きなわらべうた

わたしの好きなわらべうた

 

歌って、書いて、調査する。そのすべてが刺激的な寺尾氏の最新作。『WEB本の雑誌』で今年の1月から連載中のエッセイ、「私の好きなわらべ歌」を元にした作品。連載記事それぞれの密度が濃く、本作を聴きながらその歌の起点の背景を知ることができる。

「伝承者がいなくなって消えてしまいそうな歌」を集めて、自身のフィルターを通して新しく編み直す作業。新曲を書くよりもタフかもしれないその作業を、自分の活動の延長線上に置くこと。一昨年このブログで書いた、『2014年に発売された音楽で良かったものベスト10』でも触れた、松田美緒氏の『クレオール・ニッポン──うたの記憶を旅する』もそうだった。

彼女らの原点とも呼べる仕事に、小沢昭一氏の『ドキュメント「日本の放浪芸」~小沢昭一が訪ねた道の芸・街の芸~』がある。それぞれ対象とするモノゴトとの距離感は違えど、のめり込んでいく興奮の度合いが伝わってきて、嬉しくなる。

そういえば今年の『WIRED』WEB版にも、こんな記事があった。サクッと読むというよりは、ちょっとした短編くらいの濃度を持っているので、年末休みに読むのが吉。

 

■2 青葉市子 / マホロボシヤ

マホロボシヤ(CD)

マホロボシヤ(CD)

 

「たったひとりのことば」を紡いでいく青葉氏。この場合の意味は、「消滅していくことば」ということではなくて、「表現を突き詰めていったらひとりになっていた」という具合。表題曲の「マホロボシヤ」の意味は歌詞を読むと、「空に馳せる幻の鳥」であることがわかる。その鳥はメーテルリンクの童話『青い鳥』なのか、戦前の児童雑誌『赤い鳥』、はたまたサブプライムローン危機(幻の崩壊)を予見したナシーム・ニコラス・タレブブラック・スワン』なのか。

そのどれもがもっともらしいけれど。何度も繰り返して聴くと、童話『鶴の恩返し』で鶴が主人に隠れてギッタンバッタン機を織る姿を思い浮かべてしまった。主人がそれを覗いてしまうと、その「幻の鳥」は消えていってしまうのだ。そんな、密やかな作業を覗き見るような気になる。ミュージックビデオでもそんなプライベートな所業を思わせるような仕組みがある。

アルバム『マホロボシヤ』は、初期の3部作『剃刀乙女』、『檻髪』、『うたびこ』と近い、弾き語りを中心とした作品。そこに曲と曲の間に句読点を打つように、自然と環境音がかぶさったり、自宅録音のようなピアノトラック(「コウノトリ」)がはいったりして、全体的に演劇性が増したような印象がある。

歌詞と曲について。北原白秋西条八十、野口雨情。戦前の童謡詩をベースに、新しいことばをつなげていく(例えば前作『0』の「iam POD (0%)」)。それも刺激的だけれども、なによりもメロディ・メーカーとしての力量が凄い。最近でいうと、映画『この世界の片隅に』の挿入歌、「悲しくてやりきれない」が浮かぶ。作曲は加藤和彦(「あの素晴らしい愛をもう一度」)、作詞はサトウハチロー(西条八十に師事)。まるでこの二人分を一人でやっているような。

*ちなみに青葉氏の出生は千葉県浦安市らしいけれど、サトウハチロー氏は浦安小学校校歌の歌詞を書いている。

 

■3 コトリンゴ / この世界の片隅に

劇場アニメ「この世界の片隅に」オリジナルサウンドトラック

劇場アニメ「この世界の片隅に」オリジナルサウンドトラック

 

1945年8月に敗戦するまでの広島・呉に住む人々のくらしを描いた『この世界の片隅に』。映画の予告とオープニングテーマに使われたのは、サントラ全体を担当されたコトリンゴ氏が歌う、「悲しくてやりきれない」。

詞を作ったのは、サトウハチロー氏。この歌のオリジナルが発表されたのは1968年だし、あくまで依頼を受けて書いたものだから、戦争との関係は薄いと思う。でも彼の弟は1945年8月6日、広島への原子爆弾投下によって亡くなった。弟を「捜しに行き、宿屋跡も見つけたが、遺骨・遺品は一切見つからなかった」という。

そんな背景を知ってしまうと、あくまできっかけは流行のバンドに提供した歌詞だったのかも知れないけれど、彼がモヤモヤと抱えていたものが、フッと出てきたのじゃないかと感じてしまう。

胸にしみる 空のかがやき
今日も遠くながめ 涙をながす
悲しくて 悲しくて
とてもやりきれない
このやるせない モヤモヤを
だれかに告げようか

そんなモヤモヤとした重力を持った原曲に、軽さを与えて今様にしたのがコトリンゴ版だと思う。その軽さというのは、「日々のくらしは続いていくから、そんなに毎日重くしていられないっしょ!」とでもいうような、「強い意志のある、軽さ」だ。映画の主題とマッチしている。そのコトリンゴ版「悲しくてやりきれない」が使われた予告版を見ると震える。ちなみに本予告、サントラ用に新しいアレンジ(バンドから弦楽器)で録音し直していて、それがまた「強い意志のある、軽さ」を感じさせる。

 

■4 Francis And The Lights / Farewell, Starlite!

今年一番ウキウキさせられた音楽。まず名前から。Francis And The Lightsというのは、Francis Farewell Starliteが中心となって結成されたプロジェクトのようだけど…、「さよならフランシス星明かり」ですよあぁた。地方巡業で温泉街を練り歩く演歌歌手か、それとも宮沢賢治の生まれ変わりなのか。そして作品名が「さよなら、スターライト!」、なにかオザケンぽくもあるな。

しかしよく見ると「スターライト」は、「星明かり(Starlight)」のそれと微妙にスペルが違う。検索すると、「驚異的な耐熱を誇る素材」だったり「NASAが開発したビデオゲーム」だったりがでてくる…。すごく意味がありそうじゃないか。いやでも、「ちょっとスペル変えたら俺格好いいっしょ?」と、ただ単に音をそろえたかっただけのような声が聴こえてくる。

というのも、名前はともかく、彼は圧倒的にいまの人なのだ。このライブ動画でお客さんと一緒にはっちゃけている様を見ると、それがよく分かる。今様ではあるけれど、なんかヘンテコな踊り方。というかこれが第一線なのか2016年。

さておき。収録曲それぞれ、名前のいなたさに反しまくって格好よい。現代的なトラックにのったロボ声、つんのめるリズムの妙、気の利いたエフェクト、そして彼の歌。くわえて、チャンス・ザ・ラッパーやボン・イヴェールカニエ・ウェストといったきら星達が集結した、類まれなる作品になっている。

なによりこの作品は無料なのだ。いや、無料というと語弊があるな。ただ少なくとも作品が発表されてからの長い期間、彼のオフィシャルサイトでフリーダウンロード可能だった。いまはそれはできないけれど、引き続きフルレングスで全曲聴くことができる。買おうとすればAmazon.comApple Musicで買うことができるけど、MP3で1000円くらい。新生ジャパネットもびっくり。

ただまあ、この音楽配信サブスクリプション時代、普通にCDを売っていても先が見えている。どれだけ知るきっかけを広げられるかが勝負。そのあとは、ファンになってからライブいったりグッズを買ったりだとかにつなげられれば、なのである。だから、彼はただの演歌歌手ではない。現代の宮沢賢治っぽい動画もあるよ。ほれぼれ。

 

■5 Maria Bethânia / Tempo, Tempo, Tempo, Tempo (Ao Vivo)

Tempo, Tempo, Tempo, Tempo (Ao Vivo)

Tempo, Tempo, Tempo, Tempo (Ao Vivo)

 

夏はこれしか聴いてなかった気がする。ライブ版は数あれど、ブラジルのアーティストによるそれは、「サポーターは12番目の選手」とでも言わんばかりに、観客も演者のように主張しまくる。そしてこの版は、とくに演劇性と曲目構成が凄い(この2-3年で彼女はライブ作品を立て続けに出している)。兄であるカエターノ・ヴェローゾをもしのいでいる気がする。

43曲もあるのに、全く飽きることなく聴き返したなあ。歌もそうだけれど、語りパートが結構あって、もちろんなにを言っているかは分からないのだけれど、包み込むような声の抑揚と、お客さんの熱いレスポンス(「サビがきたら必ず合唱だよ!?」な雰囲気がいい)でもって、グイグイと世界に惹きこまれた。

なによりもリピートして聴いたのはこの歌。できれば、どこぞかで購入してフルレングスで聴いて欲しいです。真夏の夜の夢

Céu de Santo Amaro

Céu de Santo Amaro

  • マリア・ベターニア
  • MPB
  • ¥150

■6 Caetano Veloso, Gilberto Gil / Multishow Live 

Dois Amigos Um Seculo De Musica: Multishow Live

Dois Amigos Um Seculo De Musica: Multishow Live

 

そして、今年の秋はカエターノ・ヴェローゾの季節だった。今年来日して、奇跡の弾き語りライブをみせてくれたのも忘れられない。取材と文:中原仁/通訳:國安真奈という、名うてのブラジル音楽粋人たちによる、来日時の濃すぎるインタビューがこちら。歴史と、家族と、政治のぶあつい層が、短いながらも凝縮された記事になっている。震える。固有名詞をググり勉強する。

インタビュー記事にもある、1968年発表のアルバム『トロピカリア』。そのころから共に第一線で活躍し続けている、ジルベルト・ジル(元文化大臣)との2人きり弾き語りツアーの記録が、本作品だ。2人が半世紀に渡って発表してきた歌からそれぞれが持ち寄って、互いに1番ずつ歌ったり、丁寧な伴奏に徹したり、そしてお客さんに歌わせたり。弾き語り音楽探求家としては、バイブルとなっているのであります。

 

■7 Leonard Cohen / You Want It Darker

ユー・ウォント・イット・ダーカー

ユー・ウォント・イット・ダーカー

 

アラン・トゥーサンデヴィッド・ボウイ、プリンス。新たな絶頂期を迎えたと思ったらあの世にいってしまう方々が多くなった気がしている。

レナード・コーエン翁もやはり、まるで自分が死ぬ瞬間を十分に心得ていたかのように、最高傑作を残してさよならしていった。追悼予告のようなThe NEW YORKERの長編記事では、1曲目のサビ部分の歌詞について触れられている。

Hineni Hineni
I'm ready my Lord.

「Hineni」はヘブライ語で「私はここにおります」という意味。息子を生贄に捧げよという神から求めに答えて、という文脈。用意ができたのは、死地へと旅立つ男の準備。ジャケット写真の「窓の向こう側からタバコを吹かしているダンディ」姿は出来すぎている。ノーベル文学賞ボブ・ディランではなくてレナード・コーエンが受賞していたら、さらっと貰ってくれそうだったのに。合掌。

 

■8. Brian Eno / Ship

「Ship」というと長渕剛の「Captain On The Ship」しか出てこないボキャブラリ貧困の私ですが、この久方ぶりのイーノの熱唱には、剛の富士山麓「10万人オールナイト・ライヴ」級に胸にくるものがありました。お前が舵をとれ!

1969年に発表されたヴェルヴェット・アンダーグラウンドの作品から、「I'm Set Free」。半世紀経ってからイーノのアンビエントなカバー。まるでこのアレンジを待っていたかのようにしっくりきている。「僕は自由になる、新しい幻と出会うために」 。3年前に亡くなったバンドのリーダー、ルー・リードのことを想ってか。泣きそう。

ちなみに今年一番ヒットした記事は、イーノ自身もわざわざリツイートしていた、こちら。『タモリ倶楽部』でも特集されていましたね。この記事、ライターも楽しんで書いてそう。出だしが『ジョジョの奇妙な冒険』風で大変ミステリアス: 「オーディオシステムの音質を極限まで高めるために、森田武男さん(82)は電柱を一本買うことにした。」。

 

■9. オクノ修 / ホジキンソンさんの言うことには

ホジキンソンさんの言うことには

ホジキンソンさんの言うことには

 

日本で音楽をやっていて一番スタイリッシュなのは高田渡氏だった。その氏が亡き今、オクノさん(「さん」とつい呼んでしまう)が一番スタイリッシュなのだ。流行の言葉(?)を使えばオクノさんは本来のノーム・コア。佐々木俊尚氏の最新刊『そして、暮らしは共同体になる。』ではオイシックス、北欧暮らしの道具店、くらしのきほん、が取り上げられていたけれど、オクノさんの暮らしの歌はずうっと前から共同体だった。

京都は河原町三条にある老舗喫茶店、六曜社のマスターを勤めて生活を成り立たせ、家族を養い、ながらも歌をつむぎつつ。いろいろな経緯は、京都新聞による2015年の特集記事、「六曜社物語」に詳しい。その記事の中でも、一番感動的なくだりを引用させていただく。

63歳。今も「オクノ修」としてライブで自作曲を歌う。飾らない中に、断固とした芯を持つ歌声を響かせる。「僕にとって音楽は仕事ではなくて生きることなんです」

 

 高校時代から交流が続いた高田が10年前、ふらっと店に現れた。ウイスキーのロックはやがて、持ち込みの日本酒に移り、つぶやいた。「好きな音楽をやってきて本当に良かった」。たとえ歌が売れずに貧しくても信じた道を進む-。修さんの心に響いた。高田はその数カ月後、公演先の北海道で亡くなった。

そんなオクノさんが13年ぶりに新作を出した。「音楽は仕事ではなくて生きること」だから、時間とかノルマとかは、あんまり関係ない。表題曲の「ホジキンソンさんの言うことには」なんて、少なくとも7年前から歌われていた。その7年前の記録が素晴らしい密度でYouTubeにあがっているので、こちらを見ながら、歌詞を読んで欲しい。

ホジキンソンさんの言うことには

僕らの町は影の町で

静かな風が吹いても

それはまやかしなんだとさ


ホジキンソンさんの言うことには

怒りや憎しみだって
まして深い愛さえも

ほんとうははじめからなにもなかったんだってさ

 

オクノ修「ホジキンソンさんの言うことには」

 

■10. Frank Ocean / Blonde

Blonde [Explicit]

Blonde [Explicit]

 

「全世界的にこれが1番売れてるよ!」、とは言えないけれど、おそらくこのアルバムは世界20位くらいに有名になったのではなかったか。昨年のベスト10にあげたJustin Beaverの時もすでにそうだったけれど、音楽でもなんでもかんでも、分野がどんどん細分化していって、「全世界的にこれが1番売れてるよ!」というものが出にくくなっている。出ないというか、出方がガラッと変わってくるというか。そこらへんはこちらの記事に詳しい。

ただ私にとってはこのアルバムが、プレスリーやビートルズマイケル・ジャクソンレディオヘッド的な、2016年を思い起こさせるものになる気がする。曲目のクレジットには面白い驚きが詰まっている。「Kendrick Lamar」、「Tyler, the Creator」、「James Blake」といった今をときめく方々に混ざって、「The Beatles(ギャグですよね)」、「Close to You(バート・バカラック!)」、「Gang of Four's」、「Elliott Smith」といった、「おっこれも!?」な面々がずらり

 

レコードも、CDも、音楽配信もごった煮であって、それぞれが復活したり、売れ残ったり、無料になったり、ならなかったり。聴く側、演奏する側、制作する側、それぞれのフィールドもお互いに浸潤しあってごった煮になっている。その状況が濃かったのが、2016年だったのかもなあ。

長々とお付き合いくださりありがとうございました。なんだか年を経るごとに長文になってきている気が…。師走の折、隙を見てつまみ食い程度に読んでいってください。気に入ったら広めてくださると嬉しいです。ではでは。

 

■2015年のベスト10

■2014年のベスト10

■2013年のベスト10

 

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