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近未来は生産ではなく支持することで成り立つのかも知れないし、それなりの幸せ感は仮想現実の中に見出せるのかも知れないし

冬休みの自由研究の時間。近未来への唐茄子屋政談かまびすしい昨今。私もそれに参加すべく、最近の気になるトピックをまとめてみました。脳内に入ってくる様々な情報を思いっきり妄想の羽根をはばたかせてこしらえた小噺です。基本的には楽観と諦観が入り混じったモードでいきます。

 

「AIが仕事を奪う」という、近未来。

 

曖昧な予測を元にした記事ばかりがあふれているけれど、こちらは珍しく固有名詞と、はっきりとした数字が出ていた。

<富国生命>AI導入、34人削減へ 保険査定を代替 (毎日新聞)2016年12月30日

ニュース系ソースはしばらくしたらリンク切れするだろうから、概要をここでも。

日本IBMのAI「ワトソン」を使ったシステムを来年1月から導入することで、人員を34人削減するというニュース。「AIのコストは、システム導入に約2億円、保守管理に年1500万円程度。一方、34人の人員削減による人件費軽減効果は年1.4億円程度と見られる。」とのこと。

で、もちろん他の民間でこれと近い規模感のある企業は、販売管理費を下げるためにがんがん採用していくだろう。資本主義だし。

 

この話だけ見ると、「うわーやべえ仕事ほんとうに無くなってるよ…!」になって、「よーし、2017年からは俺もエンジニア(*)目指すか!」となっても、それは必ずしも最適解じゃないような気がする。*でも、美輪明宏ヨイトマケの唄』の歌詞中にある「エンジニア」という言葉は古びない、ごつい。

 

なぜなら、プログラミングすることの究極目標が「効率化」である限り、それはプログラマーという職業自体の抑制でもあるから。SF的には、「神的な、なにか」をプログラミングさせとくだけさせといて、惑星中をコンピューティングパワーで把握できるようになれば、「エンジニアさん、お疲れした!」と、コンピュータにクビを切られるような感慨もある。まるで「イサクの燔祭」のように。

 

そしたら、「君たちはどう生きるか(*)」。というと、のんべんだらりとはできないけれど、そんなに目をぎらつかせる必要もそれほどない、と思う。『北斗の拳』や『マッドマックス』のような世界にはまだ。

*『君たちはどう生きるか』は、児童文学者であり雑誌「世界」の編集長も務めた吉野源三郎の小説。第二次世界大戦できな臭くなってくるころ、1937年の発刊。

 

予感としては、これから10-15年程度をなんとかやり過ごす力こそが必要なのかなあ、と。そんな感慨をもつに至ったトピックをいくつかあげる。

 

1.そんなに仕事をせずとも生活できるようになってきている

まずは大きな物語から。バラク・オバマビル・ゲイツマーク・ザッカーバーグらがこぞって激賞しているサピエンス全史』。著者ユヴァル・ノア・ハラリ氏はその続編、『ホモ・デウス(未邦訳)』でこう言う。

我々は初めて、飢餓、疫病、戦争という人類を悩ます3命題から抜け出しつつある

 

飢餓、疫病、戦争。

 

もちろんどれもが今現在も起きていて、それが主因で亡くなる人も多い。絶えることなく。でもそれらを裏返したような、

 

飽食、寿命、自殺者。

 

という原因で死ぬ数の方が、「飢餓、疫病、戦争。」よりも上回っているという(*)。

 

飽食、寿命、自殺者」が原因で死ぬ人が増えていく社会とは。物凄ーく乱暴にまとめると、前よりも、食べるための仕事をそんなにせずとも生活していけてるってことだ。むしろやり過ぎている部分があったり、資源の分配が最適化されていなかったりの方が、問題のような。

 

*例えば原著Homo Deus: A Brief History of Tomorrow』で引用されていたソース(p401)を一つあげるとこんなのが: Obesity killing three times as many as malnutrition

類似のソースでは、未来派野郎、ピーター・ディアマンテス世界が改善したことのデータを集め続けているサイトも、分かりやすい。

 

2.おおかたの仕事は機械と人口知能におまかせの時代になる

そして、丁度よいことに(?)、おおかたの仕事はコンピュータがやってくれることになりそうだ。井上智洋『人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊』はそこのところを物凄く分かりやすく説明している。現状の人口知能はどの辺まで進んでいて、具体的に何年代にそんな時代が本格的に訪れるのか。

 

「機械と人口知能におまかせの時代」になるというのはどういうことか。著書の中でも触れられていた、「機械と人口知能が人間を代替する経済構造」について示された図を引用させてもらいます。

 

f:id:gati:20160224114832j:plain

引用元: 人工知能が社会に与えるインパクト インフォグラフィックでわかりやすく解説#02 | Catalyst

 

さらに氏がごついのは、そうやって現状と近未来を示すだけではなく、きちんと明確な財源と数字を出して、そんな時代をしのぐ作戦を提示していること。ただ、井上氏のいうベーシックインカム導入が早めにすんでいようがいまいが、経済構造が人工知能を中心としたものへ移るのは否定できない。そこでは一番しのぎの立つ職業はやっぱり、人口知能を管理するプログラマーなのだろうか?

 

3.コンピュータ化の大命題は「効率化」なので、プログラマーも減るよね?

これに関してこんな小噺をひとつ。

この話はほんとうに落語みたいで好き。そしてひとしきりに笑ったあとに寒気がくる見事なディストピア小噺。でも、清水亮氏がズバッと指摘するように「コンピュータの進化とは即ち、効率化・高速化」であって、それが進めば進むほど、様々な業務の自動化もどんどん進み、それを管理する人員は減るような気がする。

 

研究者と剛腕プログラマーのみが残るメジャーリーグへ。

*ちなみに神的な力を持つプログラマーDead Programmerと呼ばれるらしい 

 

4.生産することじゃなくて、支持することで生活できるように?

本筋に戻ります。ここからは、さらに妄想の霧が濃くなってくる。

「1.そんなに仕事をせずとも生活できるようになってきている」

+

「2.おおかたの仕事は機械と人口知能におまかせの時代になる」

という条件が整ってくると、これまで1万年以上は続けてきた、「生産する」という、社会を成り立たせてきた前提条件が変わるのかもしれない。

 

その代わりには、「支持」がくるんじゃないかなあ。

ここでいう「支持」は、「ものすごく薄い投資の積み重ね」。「ものすごく薄い」の程度は、「今までは投資するのに手数料の方がかかっちゃって手が付けられなかった」範囲。だから、その支持=投資の対象はアーティストでも、プロジェクトでも、政党でも、なんならモノでも。

 

そう思わせられたきっかけは「ブロックチェーン」という技術と、それを使用しているアーティスト支援サービスプラットフォーム、「ピアートラックス」。

 

 「ブロックチェーン」についてはググればそこら中に説明があふれるので、ここではシステムについて説明しないし、たぶん自分も吞み込み切れていない技術なので深入りできない。ざっくりというと、

「大きな組織で管理する必要がない、ネット上の信用取引システム」

のようなもの。

 

なんじゃそりゃ?と思う方のために、物凄く分かりやすくブロックチェーンを紹介し、かつそれが社会に与えるインパクトを明確に説明した動画を持ってきました。 

 

まあ、動画を見ても見なくても大丈夫。妄想のまま話を進めます。

 

ブロックチェーン」とは、

「大きな組織で管理する必要がない、ネット上の信用取引システム」

のようなもの。

 

「大きな組織で管理する必要がない」から、取引にかかる手数料がいらない(*)。

例えばクレジットカードを使用すると、店舗がクレジット会社に手数料を支払う。これが無くなるとすると、いままでは手数料の方がかかっちゃって商売にならないものも商売になる。*ブロックチェーンをまわすエネルギー等諸々の問題はありまくる。ここではとりあえず見ないことにする。

 

信用の裏付けはシステム自体で完結するので、「大きな組織で管理する必要がない」。 

例えば「みうらじゅん賞」等を発行して、みうらじゅん氏が亡くなっても、彼が誰かに賞をあげたという事実はネット上で固定される。固定された事実はハッキングが論理的にできないから、第3者がその信用を担保しなくてもいいのだ(*)。

*少なくともいままで第3者に担保されていたどの信用よりも、はるかに信頼性があるという。ハッキングの込み入った話は、ここではとりあえず見ないことにする。

 

その技術を使用した「ピアートラックス」。いろいろとできそうなサービスだけれど、一番重要だと感じたのは、彼らが提供している「Notes」という概念。

 

「Notes」は、いわゆる「ファンクラブ会報の進化形」のようなもの。ピアートラックス上でアカウントをとったアーティストにはNoteが発行される。アーティストが好きになったら、ファンはそのNoteを買ってもいい。そうすると、いろいろの優先特典を受けられるというわけ。

 

「進化形」といったのは、ファン同士Noteで取引ができて、Noteは客観的な数値を元に価値が動くのだ。Noteは限定した数しか買えない。だから、Noteはアーティストが人気になればなるほど価値があがって、その価格差でファンも生活できるかも知れない。さながら投資のように(というか投資だ)。

*こうなると、「本当のファンならどんなに価値があがってもNoteを売らない云々」という話になってきそう。これ株投資よりも、より切実な話になるなきっと。

 

「支持」が「投資」になっているのがピアートラックス」のNotesという概念。

 

そこにブロックチェーン技術が入ることによって、ものすごく薄い投資の積み重ね」が可能になっているというわけ。ここではたまたまピアートラックス」という一つのサービスのことだけを取り上げたけれども、技術と法的なハードル次第で、どんどん広がっていきそうだ。

 

なによりピアートラックス的な仕組みがいいなあと思うのは、誰もがなにかの達人にならなきゃいけないわけではないということ。「達人or死」という悪夢的な未来じゃなくて、ゆるっとした支持の積み重ねで、周りよりふわっとした存在になれるということ。経済的にも(そういう期待も込めて)。

 

未来派野郎はみんな読むWIRED誌の創刊編集長、ケヴィン・ケリー氏のことばに、「千人の忠実なファン」というのがある。「千人の忠実なファン」、つまり、アーティストのためにたくさんお金を使ってくれる人が千人いれば、それで生活できるのでは?という提案だ。

 

彼のことばをもじっていえば、「千人の忠実なファン」ではなく、「100人のアーティストのファンになり、少しずつ投資すれば」、作家や達人でなくとも生きていけるということ。そういう期待も込めた目で、ブロックチェーンやらAIやらなんやらが諸々のハードルを下げていくことを、楽観的に見ていく。

 

5. 「もともと特別なオンリーワン」と幸せを感じながら、VR世界で暮らす?

で、そうした「4.生産することじゃなくて、支持することで生活できるように」なったとしたらどうなるのか。

SMAP世界に一つだけの花』の歌詞にある「NO.1にならなくてもいい もともと特別なOnly one」という神話が現実味を帯びてくる。

NO.1にならなくてもいい」のはピアートラックス的な仕組みで、「生産ではなく支持すること」で生活を成り立たせるから。でも、それだけじゃやりがいが足りない。やっぱり自分でなにかしたい。それが認められたい。

 

では、「もともと特別なOnly one」と感じるには?

 

「現代の魔術師」の字を持つ落合陽一氏はこう書いている。

 

(中略)ハコスコやGoogleカードボードに見られるように、誰でも安いVR装置を購入することを可能にした。この装置は、今まであった貧者のヴァーチャルリアリティを更新しうる。ひとりひとりが低コストで別の世界を目指すことができるようになるからだ。

 

ここで持ちうる大雑把な仮説としては、共同幻想を失った我々は、共同幻想が回帰しうる10万人程度の世界を7万個作り出し、70億人を分割することで暮らしていくのではないだろうか? その中で我々は現実に帰属する時間と、各々の現実に帰属する時間を住み分けながらうまくやっていくのではないだろうか。

 

FUZE「僕らは2016年のことをどんな風に思い出すだろうか? 楽観的シンギュラリティ、貧者のVR、魔法の世紀へ

例えばSF作家フィリップ・K・ディックの代表作品(のほんの一つ)、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』 にでてきたエンパシーボックスなんて、これに近い。そのハコの取手をつかむと、全世界のハコの取手を握る人たちと同じ感覚を味わうことができる。

落合氏は分かりやすいトピックとしてVRをだしているけれど、「現実に帰属する時間と、各々の現実に帰属する時間を住み分けながらうまくやっていく」ことが出来さえすれば何でもいいのかも知れない。その「うまくやっていく」ことのなかには、脳生理学的に幸せを感じさせちゃったり、気がついたら『マトリックス』的に延髄にプラグを刺している状態になっちゃっているのかも知れない。

 

6. ユートピアでもディストピアでもなく

こういう近未来派野郎自大的な話をしだすと、すぐにディストピア的な傾向になるのはきっと育ってきた環境のせい。『火の鳥』や『AKIRA』や『攻殻機動隊』や…。自分のディストピア的妄想をただすために、名文を二つ引用して、今年の冬の自由研究を終えたい。

 しかしユートピアディストピアも、我々が向かうべき方向ではない。テクノロジーはむしろ我々を「プロトピア」に向かわせる。より正確に言うなら、われわれはすでにそこに着いている。

 プロトピアは目的地と言うより、ある状態に<なっていく>ことを指す言葉だ。つまりプロセスだ。プロトピアの状態では、物事は日々良くなっていくが、それはほんのちょっとだけでしかない。漸進的でゆるやかな進歩だ。プロトピアという言葉の「プロ」という部分は、プロセスや進歩(プログレス)から来ている。このわずかな進歩は劇的なものではなく、興奮するようなものはない。プロトピアでは新に生み出される利便性と同じぐらい新しい問題も起きるので、このわずかな進歩は見過ごされやすい。

 

ケヴィン・ケリー『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』21p.

 

人工知能は,人間のように情緒を感じるようになりますか?」と尋ねられたとき,こう答えるようにしている。

人工知能が私たちの生活に入り込むとき,私たちから情緒を感じる能力が失われるから,それほど差を感じなくなるでしょう,と。

 

『日立評論 2016年4月号 特集 人工知能という希望 AIで予測不能な時代に挑む』の「一家一言 新井 紀子 近似的解決と真の解決」より。

 

 あ、もう一つ。これも呪文のように唱えます。